かごしま茶の歴史物語-02

前回の歴史物語-01の続き。
http://www.kagoshima-cha.or.jp/cgi-bin/news/index.cgi?no=388
鹿児島の茶の起源には色々な説がありますが、有名なのは次の三つの説です。
①吉松町般若寺説(よしまつちょうはんにゃじせつ)
②野田町感應禅寺説(のだちょうかんのうぜんじせつ)
③金峰町阿多白川平家落人説(きんぽうちょうあたしらかわへいけおちうどせつ)

【鹿児島の茶の起源説】
まずは①吉松町般若寺説(よしまつちょうはんにゃじせつ)です。
足利尊氏(あしかがたかうじ)が九州に陣を進めたとき,吉松町(現湧水町吉松)の般若寺に本陣を定めたそうです。
かねて茶に深い関心を持っていた尊氏は,山城の宇治から茶の種子を取り寄せ,同寺院境内に播種(はしゅ;種まき)したため,それが全村に広まったといわれています。
吉松町沿革史には,般若寺の開山住持(初代住職)が宇治から下山し,寺の境内に茶の木を植え,門徒に製法を伝授したと記されています。
実際には,吉松地方に自生する「ヤマチャ」が利用されたのではないかともいわれています。
いずれにしても,これらのことが,鹿児島の茶に関する最も古い記録となっています。

次回は②野田町感應禅寺説(のだちょうかんのうぜんじせつ)についてです。

「かごしま茶の歴史物語」については、できるかぎり毎週金曜日にお届けしていければと思います。
お時間ありましたら、おつきあいくださいませ。
また、かごしま茶の歴史物語にてお気づきの点等ありましたら事務局までご連絡ください。